比べないように気をつけているつもりでも、
ふとした瞬間に、他人と比べてしまうことがあります。
もう大丈夫だろうと思っていたのに、
自分なりに選んできたつもりだったのに。
それでも、心がモヤついていました。
比べるつもりなんて、なかった
特別な出来事があったわけではありません。
それは、ふとした瞬間…
SNSで見かけた投稿。
買い物中見かけた、仲の良い家族。
何気ない会話の中に出てきた、よその子の進学の話。
何気ないタイミングにグサッとくることがあります。
そのたびに心のどこかで、
- この選択で本当に良かっただろうか
- 子どもに、足りない思いをさせていないだろうか
- 私はきちんとやれているだろうか
そんな思いばかり浮かんできます。
「比べてはいけない」と思うほど、苦しくなる
頭では分かっています。
家庭の形も違う
経済状況も違う
親の価値観も、子どもの性格も違う
同じ土俵で比べる意味なんてない。
それなのに、
「比べちゃいけない」
「気にする必要はない」
そう言い聞かせるほど、
自分の気持ちを押し込めてしまって、
余計に苦しくなることもありました。
比べてしまうのは、弱いからじゃなかった
あるとき、ふと思いました。
私は、
誰かに勝ちたいわけでも、
優れていたいわけでもない。
ただ、
「これでいい」と思いたかっただけ
子どもに胸を張れる選択をしていると思いたかっただけ
だったんだと。
比べてしまうのは、
自信がないからでも、意志が弱いからでもなくて、
ちゃんと考えてきたからこそ
悩んでいる証拠なんじゃないか。
そう思えるようになりました。
比べるのをやめるためにしたこと
比べないように頑張るのを、やめました。
代わりに、
比べてしまったときに、
自分に問いかけるようにしています。
- この状況で子ども達は大丈夫か
- 子どもと私が壊れてしまわないか
- 修正できる場所までもどることが出来そうか
以前書いた「判断の軸」に、
そっと戻るだけです。
他人の基準ではなく、
自分たちの基準に戻る。
それだけで、
不思議と心が落ち着くことが増えました。
それでも、比べてしまう日はある
正直に言うと、
よその家と比べてしまうこともまだあります。
「もっと余裕のある家庭だったら」
「離婚していなかったら」
「私がもっとできる母親だったら」
そんな思いが浮かぶこともしょっちゅうです。
でも以前と違うのは、
その気持ちを否定しなくなったことです。
「そう思うくらい、頑張ってるんだよね」
そう自分に声をかけられるようになりました。
比べるのをやめたら、見えてきたもの
他人と比べるのをやめてみると、
完璧じゃなくても、日々は回っているし
私たちなりの積み重ねは、確かにあるということ。
派手じゃなくても、
誰かに誇れる形じゃなくても、
私たちの歩幅で、ちゃんと進んできた。
そう思える瞬間が、少しずつ増えてきました。
今、同じところで立ち止まっている人へ
もし今、
「これで良いんだろうか」と
他人の家庭と比べて苦しくなっていたり、
自分の選択に自信が持てなくなっているなら。
それは、
ちゃんと考えてきた証拠です。
立派な親じゃなくてもいい。
強い人じゃなくてもいい。
考え続けていること自体が、
すでに向き合っているということだと、
私は思います。
さいごに
比べることで見失ってしまうものがある一方で、
比べるのをやめたときに、
初めて見える景色もありました。
このブログでは、
そんな揺れや迷いも含めて、
ありのまま残していきたいと思っています。
正解じゃなくても、
私たちに合う選択を。
そうやって今日も、
少しずつ前に進んでいます。
次の記事では、
「頑張りすぎてしまう自分」とどう折り合いをつけているか
について書こうと思います。
完璧じゃなくていいと分かっていても、
つい無理をしてしまう方に、
何かひとつ届けば嬉しいです。