MENU

「普通の家庭じゃないから無理」と思っていた私へ

  • URLをコピーしました!

離婚が現実になったとき、
私の中で一番強く浮かんだ言葉がありました。

「もう、普通の家庭じゃない」

それは誰かに言われた言葉ではありません。
私が、私自身に向けて言っていた言葉でした。

目次

いつの間にか、自分に制限をかけていた

  • シングルになるから
  • 家庭環境や経済状況が変わってしまうから
  • 子どもにこれ以上負担をかけたくない

そうやって理由を並べて、
子どもに与えてあげられるチャンスからも、
目をそらしていました。

中学受験のことも、その一つです。

「うちはもう両親揃った家じゃないから」
「挑戦させる経済力がないかもしれない」

そう思っていました。

「無理」だと思っていたのは私自身

今振り返ると、
あのとき私が「無理」だと思っていたものの多くは、

  • まだ起きていないこと
  • 想像の中の失敗

でした。

現実そのものより、
私が自分でそう決めていたことの方が
ずっと大きかったように思います。

子どものチャンスを奪いたくない

一番考えていたのは、子どものことでした。

環境が変わることで、
何かを諦めさせてしまっているのではないか。

という気持ちが
心に突っかかっていました。

「子どもの可能性を狭めているのは私なんじゃないか」
そう思いました。

「普通」なんてものはない

世の中で言う「普通の家庭」は、
とても曖昧で、
誰の基準なのかも分かりません。

それなのに私は、
その“見えない基準”に合わせようとして、
自分たちを小さく収めようとしていました。

でも、
普通」じゃなくても、
向き合ってきたことも、考えてきたことも、
確かにありました。

もし、同じ言葉で自分を止めているなら

もし今、

  • 「うちは普通じゃないから」
  • 「この状況では無理だから」

その言葉で、自分や子どもの可能性を
無意識に閉じてしまっているなら。

それは
自分を守るために作った言葉かもしれません。

私も、そこから少しずつ手を離すまでに、
時間がかかりました。

今の私が、あの頃の私に伝えたいこと

普通じゃなくなった」ことは、
失ったものだけを意味するわけじゃない。

選び直す可能性を持ち合わせている。

そう、今なら思えます。

次の記事では

離婚や環境の変化があっても、
私が大切にし続けてきた
「判断の軸」について書きます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次