離婚が現実になったとき、
私の中で一番強く浮かんだ言葉がありました。
「もう、普通の家庭じゃない」
それは誰かに言われた言葉ではありません。
私が、私自身に向けて言っていた言葉でした。
目次
いつの間にか、自分に制限をかけていた
- シングルになるから
- 家庭環境や経済状況が変わってしまうから
- 子どもにこれ以上負担をかけたくない
そうやって理由を並べて、
子どもに与えてあげられるチャンスからも、
目をそらしていました。
中学受験のことも、その一つです。
「うちはもう両親揃った家じゃないから」
「挑戦させる経済力がないかもしれない」
そう思っていました。
「無理」だと思っていたのは私自身
今振り返ると、
あのとき私が「無理」だと思っていたものの多くは、
- まだ起きていないこと
- 想像の中の失敗
でした。
現実そのものより、
私が自分でそう決めていたことの方が
ずっと大きかったように思います。
子どものチャンスを奪いたくない
一番考えていたのは、子どものことでした。
環境が変わることで、
何かを諦めさせてしまっているのではないか。
という気持ちが
心に突っかかっていました。
「子どもの可能性を狭めているのは私なんじゃないか」
そう思いました。
「普通」なんてものはない
世の中で言う「普通の家庭」は、
とても曖昧で、
誰の基準なのかも分かりません。
それなのに私は、
その“見えない基準”に合わせようとして、
自分たちを小さく収めようとしていました。
でも、
「普通」じゃなくても、
向き合ってきたことも、考えてきたことも、
確かにありました。
もし、同じ言葉で自分を止めているなら
もし今、
- 「うちは普通じゃないから」
- 「この状況では無理だから」
その言葉で、自分や子どもの可能性を
無意識に閉じてしまっているなら。
それは
自分を守るために作った言葉かもしれません。
私も、そこから少しずつ手を離すまでに、
時間がかかりました。
今の私が、あの頃の私に伝えたいこと
「普通じゃなくなった」ことは、
失ったものだけを意味するわけじゃない。
選び直す可能性を持ち合わせている。
そう、今なら思えます。
次の記事では
離婚や環境の変化があっても、
私が大切にし続けてきた
「判断の軸」について書きます。