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何もできなかった日を、どう受け止めているか

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今日は、

思うように何もできなかった日です。

やらなきゃと思っていたことはありました。

仕事のこと。

子どものこと。

家のこと。

でも、体も気持ちも、うまく動いてくれませんでした。


「何もできなかった」という感覚

洗濯物は後回し。

やるはずだったことも、手をつけられないまま放置…

子どもに対しても、

ちゃんと話を聞いてあげられたかと聞かれると、

正直、自信はありません。

一日が終わる頃になると、

頭の中に浮かんでくるのは、こんな言葉です。

今日の私は、ダメだったんじゃないか…?


昔の私なら、ここで自分を責めていた

少し前までの私は、

「何もできなかった日」を、とても怖がっていました。

できなかった分を取り返そうとして、

夜更かしして取り返そうとしたり

翌日さらにやろうと自分を追い込んでみたり。

翌日以降確実にしんどくなると分かっていても、

やめようという決断ができませんでした。

「立ち止まったらダメだ」

そんな気がしていたからです。


今は、少し違う受け止め方をしている

今の私は、

何もできなかった日があっても、

すぐに結論を出さないようにしています。

今日は、

できなかった日だった。

それだけで、

良い・悪いを決めない。

無理に意味をつけようとしない。

「今日は止まる日だったのかもしれない」

そう考えるだけで、

気持ちが少し落ち着くことがあります。


何もできなかった=何もしていない、ではなかった

振り返ってみると、

全く何もしていなかったわけではありません。

ちゃんと子どもを学校に行かせて、

帰ってきてからも

一緒にご飯を食べて、

一日が無事に終わった。

それだけで、

今日という一日は、ちゃんと回っていました

派手な成果や目に見える進歩がなくても、

ただ、無事に一日を終えられた。

それも、ひとつの結果だと思うようになりました。


私が自分にかけている言葉

何もできなかった日に、

私は自分に、こんな言葉をかけています。

今日はここまで

明日また考えよう

今日は、守る日だった

前向きな言葉じゃなくていい。

優しく励ます必要もない。

ただ、

これ以上自分を追い込まないための言葉です。


同じように苦しくなる人へ

もし今、

今日は何もできなかった

自分はダメだと思ってしまう

動けない自分が情けなくなる

そんな気持ちを抱えている人がいたら。

何もできなかった日があるのは、

ちゃんと向き合ってきた証拠でもあると、

私は思います。

ずっと走り続けていたら、

止まる日が出てくるのは自然なことです。


さいごに

ついつい頑張りすぎてしまったり、

何もできなかったりする日もある。

それでも、

考えることをやめず、

自分を見捨てずにいられたら。

それは、前に進んでいないように見えて、

ちゃんと生きている証拠だと思っています。

このブログでは、

できた日の記録だけではなく、

こうして立ち止まった日も、

そのまま残していきたいと思います。

正解じゃなくても、

立派じゃなくても。

今日の私たちに合う選択を、

また明日、考えられたらそれでいい。

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